ガラクタのパーツ組み合わせたらきっと いつかは星の形になると信じてた

ここしばらく、チェッカーズ関連で色々混乱気味だったんだけど、大分落ち着いた。以下、独り言みたいなものなので畳んでおく。
わたしは解散前にチェッカーズから離れた人間だったので、他の多くの元ファンの方々がそうしてきたように、解散をしかと見届けて、嫌々ながらもそれを受け入れるために気持ちの整理をする、というステップを踏まずに今に至っている。ある意味逃げていたのかもしらん。ヒゲの人の暴露本(ぼうろぼん*1)やクロベエの死に際して、それなりに色々思うところはあった*2んだけど、今にして思えば、時制をうまいこと利用して、気持ちの距離を取った上で考えてたアレコレだった。
ところがここしばらく、これまで逃げてたものに、思わず自分から無意識に飛び込んで行ってしまっている感じで。今更ながら、彼らがもう7人でステージに立つことは永遠にない*3という事実を、もう一度頭から消化し直さないといけないのが妙にしんどかった。
でもきっと、慣れるしかないんだな、と思ってね。それ以外のソリューションなんて望むべくもないんだから。
今になって、解散ライブの音源や映像を辿ってみれば、ライブ本編のラスト、最後のシングル曲を演奏する前、藤井郁弥はこんなことを言っていた。
「これからも、チェッカーズを大事にしてあげてください」
あの人は、「チェッカーズをみんなにあげる」とも言ったんだよね。つまり、チェッカーズはもう本当に、こちら側の胸のうちにしか存在していない、ということだ。わたしたちファンが形見分けのように、それぞれの気持ちの中に、大事にチェッカーズの欠片をしまっているということ。
わたしが愛した7人はもういない。もういないものを大事にするのは、相当精神力のいることではあるんだけど、でもそうする以外、この愛情の行き場がないのが現実でもある。実際、チェッカーズの欠片はわたしの胸の中にも確かにあるんでね。ずうっと忘れていたけど、思い出しちゃったし。
まあねえ。もう一度逃げることもできるんだけど、今は何となく、そうしたくないような気がしていて。もうしばらくこの混乱に身を委ねて、あの頃の己の愛情と、その代償として彼らから散々受け取った幸福とを、どうにか整理してみたい気がする。
色々あって憎しみを感じていたヒゲの人すら、当時のライブ映像を観れば愛しく思えるんだもん。わたしは本当に、「チェッカーズ」が好きだった。それを折角思い出したんだから、わざと忘れることはないよね、って、言葉にするならそんな感じだろうか。
大丈夫。チェッカーズにムチュウだった6年間、わたしはあの7人のおかげで山ほど幸福をもらった。今は、思い出せばちょっとチクリとするけど、なかったことになんてするのは勿体なさすぎるようなキラキラした記憶だ。怯まず思い返して、チクリチクリと痛みを繰り返し、徐々に慣れてしまえばきっと、ちゃんと愛しく思い出せるようになるんじゃないかしら。どうかしら。
…しかしもう、こうなってくると、今まで付き合ったどの男との思い出よりもしんどくて切ない記憶であるよ*4。1対1じゃなくて、1対 n の関係性だったから、喜びも切なさもアミューズメントばりに強烈だった。武道館サイズっつか。自分の意思でこちらから働きかけができない分、互いの愛情を極めて愚直に信じられる関係でもあった。バカみたいに一体化したライブ会場で、ステージの上の彼らから嬉しい言葉をいっぱいもらったこととか、今でもきっちり覚えてる。
つくづく思う。わたしの初恋だったんだなあ、あれが。

さよならさえ上手に言えなかった
あなたの愛に応えられず逃げてゴメンね
時が過ぎて今心から言える
あなたに会えてよかったね きっとわたし

世界で一番 素敵な恋をしたね

と、気分はまるで小泉今日子「あなたに会えてよかった*5」だ。
…つか藤井郁弥キョンキョンて! それ、ファンの大嫌いなネタじゃないか! ははははは、潜在的には色々忘れてないなあ、わたし。

*1:売名目的っぽくワイドショーや何かに出演して色々語ってた際、「ばくろぼん」ではなく「ぼうろぼん」と発語され、ネットの人気者になっておられた。

*2:http://d.hatena.ne.jp/sahya/20040913/p3 で書いたみたいなこと。

*3:何故かといえば、チェッカーズの7人いたメンバーのうちの1人が、解散から10年以上経って出版した書籍でチェッカーズ時代の裏側(金とか人間関係とか)の汚い話を暴露し、そのショックが覚めやらぬうちに、他のメンバーが舌癌で亡くなってしまったから。暴露本を巡る確執だけなら、いつか氷解する可能性も残っていたかもしれないが、クロベエが生き返ることはもうない。だから、7人のステージはありえない、という話。

*4:普通の恋愛については、離れてしまった相手への思いはすぐに忘れてゆくタイプ。

*5:この曲、作詞はキョンキョン自身であって、まあアレだ、後の離婚のときにまで「かつて付き合っていたフミヤが忘れられなかった」と報道されたりしたくらい、この人と藤井兄は曰くがあったし、この曲のリリースは藤井兄結婚の翌年だったため、そんな風に聴けてしまう余地がなくもないっつか。