読了した本

ショートソング (集英社文庫)

ショートソング (集英社文庫)

枡野さん自身が紹介している文章を拝見して面白そうだなーと思っていたんだけど、思ったとおり面白かった。つーか吉祥寺。あまりにも店やらメニューやらが具体的すぎて笑ってしまう。
短歌の結社「ばれん」の例会があるビル、のカフェっていうのあれかなあ、今は亡き Floor!*1 かなあ…あそこで枡野さん見かけたことがあったもんなあ。加賀棒茶がメニューにあるカフェって限られるし、あそこだけ実名じゃないところがまたなんかね…。
全体的に、女性が不思議ちゃんになってしまっているのが勿体ないなあと思った。男性はすごくリアリティがあって皆いい感じなのに、女性のほうはなんか、今ひとつ何を考えているのか整合性が見えない性格の人ばっかり。語り手が男性だから、っていうことじゃないと思う、これは。「ああ、分かる」っていうところが一切なかったな。
ただ、面白かった。お話として。それから、短歌の使い方がめちゃくちゃいい。この人の、短歌の世界に気軽に入って来させようとする意思は、色んなやり方を通して常に一貫していて格好いいと思う。その他のところでは色々色々、格好よいと思えないところが色々色々ある人なような気がするんだけど、それでも、この「いわゆる短歌」と違う口語の短歌の面白さを広めようとする姿勢については、すごく格好よいと思う。
この小説は、登場人物が歌人とかなので、彼らが詠んだ歌があちこちに頻発している。それらはすべて実在の歌人の既発表作品で、小説の作中では登場人物の歌として掲載されていたすべての歌が実際には誰の作品なのか、巻末に対比表が掲載されている。この1冊で、どれだけ新進歌人の作品に触れることができるかって話で、しかも、文脈が歌の補助的な解説の役割も果たすから、いきなり短歌をべろっと出されるのよりもはるかに、咀嚼して楽しむ余地が多い状態で、たくさんの短歌を浴びながら読了できる。これはものすごくよくできた「短歌読ませ小説」だと思った。
小説の作中で、「ああ、これはこの登場人物の心情をあらわしたいい歌だなあ」なんて思った短歌が、実際にはある歌人の作品だった、と思えば、その歌人の名前を調べてみるだろうし、上手くすればその名前を覚えておいて、ネットや本屋でその歌人のほかの作品を探してみたりするかもしれない。そうやって自然に、読者が短歌に親しみを覚えればいい。そういうつもりで書かれている小説に読めて仕方がなかった。
あと、帯コメントが宮藤官九郎で、店頭でへえ、と思っていたんだけど、詠み始める際に目次を見たら「推薦短歌…宮藤官九郎」ってあって、あらあら短歌! とにやっとなって、でも折角だから、本文読み終わるまではそれを読まず、読み終わってからの楽しみにしよー、と思った。それでこう、せっせと本文を読んで…最後まで行ったら普通に帯コメントと同じ文章が載っていた…という話。それ短歌と違いますやん…。つーか普通帯コメントを書籍本体には掲載しないってば。んもー。

*1:思い入れのあるカフェだったので、閉店してしまってすごく残念だったし、先月会社が引っ越すまで、会社に行くために吉祥寺から井の頭線に乗る度に切なかった。だって、Floor! の奥のほうの席が見えていた窓から、何もない、まっさらな壁が見えていたんだもん。毎日見ても慣れなかったなあ。通勤の路線が変わってしまったため、しばらくその後の様子を見ていない。どうなっているのか気になっている。