INOUEKABUKI SHOCHIKU-MIX 「朧の森に棲む鬼」/新橋演舞場

12/30のプレビュー公演以来の2回目。今回はお友達が新感線先行で取ってくださった分で、一階真ん中(縦方向にも横方向にも)という良席だった。何せ斜め前の席に高岡早紀さんいたもん。演出効果が見切れることもなく、役者の息遣いも伝わる距離で、花道でのアレコレも充分な臨場感を持って楽しめる、という好スポットだった。感謝。
三階の末席から観たときとは何もかもが違って見えた。群舞のよさとか、上まで全然届いてなかったもん。日舞系の群舞で1人、すごく上手い女性がいたのが気になったりしたのって、この席ならではだなあと思った。
役者の芝居の印象も全然違った。秋山さんのカッコよさが倍増して見えて悶えたなあ! あんなキレイで格好いい女性いない…高田さんもしみじみよかった、ツナったら強がりなんだから、の後の「わたし、あんたのそういうところ、だいっ嫌い」の怖さったらなくって、客席が思わずざわめいていた。あの2人のシーンは美しくてまがまがしくて実に素敵だったなあ、ツナがシキブを相手にしていない感じ、シキブが勝手に粘着している感じ。でもそこまでは、三階まではなかなか届きにくいのだった。眼福。
阿部さんの印象は、意外なことにあんまり違わなかったのだった。三階でも、声の芝居を聴けば、表情が見えなくても充分に、そこでどういう芝居をしているかが伝わっていた感じだったのかも。ライに「アニキにとっての俺って何なんだ?」と詰め寄るシーンのつらさも、三階でイメージしていたのと同じだけ切なかった。わたしが阿部さんの芝居を見た場数がそれなりにあるからなのか、彼の声の芝居がすごいのか、逆に分かりやすい芝居をしていたってことなのか、理由はよく分からないけど、定量の胸の痛さをきっちりもらったという感じだったな。
あ、でも検非違使ソングにおけるアイドルオーラの強烈さは、一階で観たらとんでもなくてびっくりしたけどね! 舞台に向けて客席を抜けてゆく、その通路のすぐ近くの席で観ていたので、生声聴こえてワーとなった。何だかあの人って、客席を簡単に味方につけてしまうのよね。演舞場は年配のおば様とかが多いから、最初は染様だけにうっとりしているんだけど、舞台が進むにつれて段々、阿部さんの一挙手一投足にワキャワキャし出すのが肌で感じられる。憎めないキャラ爆発なのは、得な役だっていうだけじゃないんだろうなあ。なんかしらんが、存在がかわゆすぎるのだ。まったく、腹立たしいったら…!(にこにこ
しかし、ホントにいい役だと思う、キンタは。一階で見たら、上からじゃ分からなかった、平穏な頃にライに頭ぽんぽんやられて、犬か猫みたいにニコニコしてる無邪気さがたまらなくって、何ていうのかなあ…良くも悪くも純情で、本質しか持ってない感じが痛かったというか。誇りとか責任とかでがちがちになった、ちょう社会的な存在であるところのシュテンに対して、「そんなにキレイなのに、死んじまったら勿体ねえじゃねえか」なんて、説得するにもそんなストレートな言葉しか持ってない愚直さが、おかしくもあり悲しくもあり。自分自身の損得だけを追わず、単純にそれをアニキの損得とリンクさせて考えていて、だからライに忠誠を誓うっていうんではなくて、「頭脳と力、2人で1人」みたいなライの言葉を本気で信じていたってことなんだと思う。それはキンタがバカだから、っていうだけではなくってね、それだけ全面的に自分を他人に預けられるのって、一種の「強さ」なんだろうなあ、とそういう感じなのだった。
最終的にライを追い込むことになるのがキンタだった、という点には、このキンタの「強さ」が出ていると思うし、この物語の救いでもあったと思う。ピカレスク物語は下手すると救いがなくなっちゃうからね…望みだった王位を得た後、たった一人で、それ以上の何を求めればいいのかも分からないのに暴走してゆくライを、止めて楽にしてあげたのがキンタだったのだなあ、という風にも取れて、だからそれでも死ねないライが、落武者になって、刺されても刺されても立ち上がってくるラストの滝のシーンは、つらくってちょっと見てらんない感じになった。野望なんつう、自分で制御できない魔物に憑かれたライの悲哀が、キンタのせいで倍増されてる感じ。キンタが観客を味方につければつけるだけ、ライの悲しさがちゃんと浮かび上がる仕組みになっているから、やっぱりねえ、キンタは憎めなくなきゃいけなくて、阿部さんはホントにいい仕事をしているってことだなあと噛み締めてしまったのだった。
そもそも、この芝居が「リチャード3世」を下敷きにしているということはプレビュー観た後に知ったんだけども、それを知らない状態でプレビューを観ながら、わたしは「メタルマクベス」を思い出していたんだった。暴走して破滅してゆくランディを止めた=殺したのは彼を憎む王子だったけど、ライはキンタに止めてもらえて、むしろ幸せだったんちゃうんか? っていう感じで。ランディの場合は、ローラが彼を遺して自殺してしまった=ランディへの愛情よりも自分のことでいっぱいになってしまった、ってことだろうから、そう思うと、キンタの無私の純真から来る強さが際立つことです。まさに、キンタ負けるな負けるなキンタである(しれっと。
で、そのキンタが愛したライ、こと染五郎は、一階席で観たら…アレだ、やばいくらいに美しかった…びっくりですよもう。顔立ちもそうだけど、立ち姿の美しさと言ったらどうしたもんだ? っていう感じ。大君暗殺のときの朱の衣が一番素敵だったなあ、取ってつけたような気位の高さが匂っていて。なんか、まだ浅黄色の衣の頃にシキブをオトしたシーン、あんななよっとした衣装なのに、ひたすらエロくてたまらんものがあった。殺陣も美しくてさすがとしか言えないし、朧たちから力を授かった最初のほう、剣に振り回されるへっぽこな殺陣のあの身体の使い方って、鏡獅子の前シテ・弥生が獅子の精に取り付かれるところみたいじゃない? あれは芝居じゃなくて「芸」なんだよねえ。あと、パイナップルを持ってきたシーン、黒いアオサイ風の自宅着のツナの唇を奪うときに裾がはためくロングベスト風の羽織…いやあ、エロい。エロくて大変によかった。
…っていうか、ロングベスト風と言えば検非違使姿もそうだったっけ。あれ、他のその他大勢の検非違使は着てないんだよねえ、もっと身軽な装束なんだけど、キンタとライだけ、黒くて光沢のある素材の、くるぶし丈くらいのロングベストを羽織っているっていう。つか、あの衣装での殺陣で、わたしはホントに阿部さんの身体能力の高さを実感したことである。だって、あの丈のベストだから、階段状になった舞台センターの台のところを飛び上がったり飛び降りたりしながらの派手な殺陣では、ヘタすりゃ自分で裾踏みかねない状況な訳ですよ。でも、これは日舞とか、多分フラとかでもそうだと思うんだけど、身体の重心が落ちている状態での動きだと、衣装の布が重心についてくるものなのだった。女形の舞踊で、裾引いてるような衣装でも、ちゃんと裾が身体についてくるから踊れる、っていう感じで、歌舞伎役者であると同時に、日舞の松本流の家元でもある染五郎はともかく、訓練なんてしたことないはずの阿部さんも、身体の重心をブレさせずに飛んだり跳ねたり、斬ったり走ったりしてるから、ロングベストの裾もちゃんということきいてる、ってことなんだと思う。あんだけの殺陣でよくぞ、とつくづく呆れてしまうってものよ。
キンタの殺陣は、後半の「特殊な殺陣」の大きな腕の振りの美しさも見所だけど、前半の何かっちゃすぐに蹴り上げてばっかりいる、やんちゃな殺陣もすごくいい。なんで足があんなにあがるのかなあ…野球やってただけで、あとは普通の人のはずじゃない、あの人。なんかおかしくね? っていうか、殺陣の振りが上手いと思うのよ、新感線は。それぞれの型が役のキャラクターにがっつりはまっていて、見てるとわーっとなる感じがある。舞台を正面からだけじゃなくて、斜めから見てしまう演出フェチとしては非常ーーに面白い。
あ、それで言うと、三階から観たときと一番印象が違ったのは古田さんだったかも。一階で観たらあんまりにも格好よくて、すきになってしまいそうだった…声のトーンも全体的に抑え目で、あんまりじたばた動かないマダレが、ところどころ顔で笑わせる芝居をしていたのがすっごい利いててねえ。古田さんの殺陣は、要は出し惜しんでいる訳だから、重めで圧倒的な殺陣じゃないと格好がつかないんだけど、実にはまっていて素敵だった。台詞も…なんだろう、あの人は公演日程が浅いとエンジンかからないタイプなんでしょうか、今回はグルーブ感がすごくって気持ちいいったら。またマダレって役がいいのだなあ、ライとつるんでる間の悪い感じの格好よさもさることながら、ツナと兄妹だって分かったあたりの戸惑いや手下たちへの誠実さも、急に変わった、みたいな感じじゃなくて、ちゃんと必然があって移ろっていっているからこっちに響くし。ううん、ホントによかったなあ。
そう言えば終演後、出待ちしているお友達と何となく喋っていたら、阿部さんと並んでスカジャン姿の古田さんが出てきて、なんかわたしはそっちに目が…す、すきなの? いやあの、だってなんか、ちっちゃい人とでっかい人が並んで出て来て、出待ちを振り切るみたいにすいすいっと歩調を上げて道路を渡って行った様子が、示し合わせてるっぽくって、なんかドラマかなんかみたいで妙に格好よかったのだ、2人して。その後、結局阿部さんは女子たちにがっつり囲まれて、古田さんはすーっと先に行っちゃってたんだけどね…いやいや、いい光景でした、と、芝居のことじゃないことで感想を締めてみる。何だこれ。はは。