漫画「ハチミツとクローバー」連載終了

映画の感想を書こうかな、どうしようかな、と思っていたら、原作漫画連載が突如終了、とツルキさんち*1で知る。昼休みに入ったらすぐに走って本屋に行った。そうしたら本当だったのでものすごくびっくりした。この作品を巡ってたくさんのお金が動いているこの状況で、こんな風に、ファンファーレも鳴らさないで終わるなんて思ってもみなかったからだ。コーラスの表紙にも「最終回」の文字はない。徹底的に、確信犯的に、ひっそりとエンドマークが捺された理由は、最後まで読んだら何となく分かった気がする。別にネタバレはしないけど一応畳んでおく。
今までの流れでとても自然に、人の力で一旦は曲がっていた草木が自分の力で本来の姿に戻るように、すとんと、何のてらいもなく、物語が終わっていた。彼らの人生、状況の中の一時期を切り取った物語だったからこそ、タイムアウト、満期終了みたいな形でするっと終わったんじゃないかと思う。
彼らの人生そのものを物語として捉えるのなら、きっとこの後も物語は続いてゆく。ただ、彼らが出会ったところから始まった、「5人の物語」はここで終了。それぞれが自分1人の物語を紡ぎ始める地点に差し掛かって、5人の物語としての「ハチミツとクローバー」は終わった。そんな感じを受けた。
このラストには多分、賛否両論がある。でも、わたしはすごく「らしい」ラストとして受け止めた。作品への思い入れが膨らんでしまっていた分、細部を拾い上げてから終わってほしかった気がまるでないとは言わないけれども、それでもこれはこれでいい。これが予め決まっていたラストだったのだから、それに文句をつける謂れはない。ただひたすら、これまでありがとう、という気持ちが残った。
わたしはこの漫画の1巻を2冊持っていて、1冊は幻の宝島社から出ているほうの初版本だ。誰かが褒めていたのを読んで興味が湧いて、本屋で表紙を見てジャケ買いした。そこからのお付き合い。
色んな魅力がある漫画だから、色んな人が色んな風に褒めているけど、わたしにはすごく悲しくて寂しくてキツいお話に思えていて、そこがたまらなく好きだった。9巻で明確に出て来ていた「持つ者」と「持たざる者」の落差を巡る物語だという見方をしていたからだと思う。
容姿も発想も才能も頭脳も家族も財産も愛情も、どれもこれも、誰も彼もが、持っているものと持っていないものがあって、自分の持っているもので幸せになれればそれでいいのに、持っていないものとのバランスで、時として人を羨んだり妬んだり憎んだり、果てしない欠落を覚えたりする。そういうことの繰り返しで次第に自分の「分」というか、自分の持っていないものへの諦めと、自分の持っているものへの愛着が蓄積して、そうして人はいわゆる「大人」になるんだと、わたしは思っている。
ハチクロは、この種の成長の過程を描いている漫画だった。既に大人になって、大事なものと大事じゃないものを把握してしまった立場から、ほしいものに対して本気であがけるくらいになりふり構ってなかった自分、身の程を知らなかった自分を振り返っている。だから、バカで諦めが悪くて格好悪い「青春スーツ」が、痛くて切なくて恥ずかしくて、その分、胸がきゅってなるくらいキラキラして見える。その距離感が、わたしにはすごくリアルだった。
キャラものもそんなに好きじゃないし、オサレ漫画としては読んでいなかった。メガネ漫画としてすら多分読んでなくて、わたしは真山が好きだったけど、それは彼が早い時期から、理花さんへの「かなわなさ」を自覚して、寂しい気持ちを普段から乗りこなす青年だったからだ。別にメガネだったからじゃなくて。
あんな風に、世渡りが上手くて賢くて寂しがり屋で、だけど本質をちゃんと見てゆける男の子、抱きしめたくならない訳がない。真山はわたしが今まで好きになってきた男の子たちに、ちょっとだけだけど、どこか似ていた。ああいう男の子を好きになることの寂しさを、真山に強烈に思い出させられていた。
だけど山田に感情移入していた訳でもないのは、山田は山田で、美貌とか才能とか朗らかさとかを「持っている」人だったから。そんな風に、真山の愛情を「持ってない」山田にも、ちゃんと「持っている」ものがある。そのあたりの平等さが温かくて、切ない分の優しさをちゃんと用意している羽海野せんせいがわたしはすごく好きだった。それでも、いくらたくさん「持って」いても、自分がほしいたった1つを「持っていな」ければ何にもならない、という傲慢さは、若さってやつあ…と生々しくて、甘酸っぱいだけじゃない切実な気持ちを、たくさんたくさんこの漫画からもらった。
…と、だらだら書けば書くほど感想としてダメになってゆくのがわたしの悪い癖なので、もうこのへんで止めたいと思うんだけど、とにかく、ここまでこの漫画を読んで来て本当によかったと思う。色んな人が、色んなやり方でこの漫画を好きだったり、嫌いだったりするんだと思うけど、わたしはわたしのやり方でこの漫画を愛していたし、最後まで読み届けることができて幸せだった。
これは想像のストーリーなどではない*2、わたしにとって、この作品はわたしだけの物語であると錯覚させる力を持った一つのリアルだった。
もう画架の外にはみ出していってしまった彼ら5人のこの先に、できる限り多くの幸せが待っていてほしいと切に願っている。いい年齢して、少女漫画に本気で思い入れてアホかという話ではあるけれども、わたしはこの最終回を読んで、大真面目にそう思った。
※ そして「青春スーツ」がキーワード登録されていることに気付くわたくし。何だかすごいぞ。