見たことのない景色見せてよ 赤い電車

土曜の宮城・岩手の地震で、栗原市の温泉で土砂崩れに巻き込まれて亡くなった方のおひとりが、去年タモリ倶楽部鉄道博物館の回に説明係として出演されていた岸由一郎さんだったということをきのう知った。岸さんは埼玉在住で、この週末に宮城に行っていたのは、去年4月に廃線になったローカル線・くりはら田園鉄道(通称くりでん)の保存に関する調査のためだったのだそうだ。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20080616-372636.html
去年2月、廃線を控えたくりでんにわたしも乗った。SAKEROCK のライブを観るために仙台へ行くことになり、せっかくなので、ついでだから栗原市若柳の迫川にも行ってみたいと思い立ったからだった。何故迫川かといえば、前年9月より季刊として刊行されていた hon-nin 誌において、愛する宮藤官九郎が連載している自叙伝的な初小説の中で、迫川にある白鳥の飛来地が登場していたから。作中、その場所で、作者本人をモデルとしていると思われる "僕" は運命の人(だとわたしは思った)である "白鳥おじさん" に出会う。その "白鳥おじさん" は松尾スズキをモデルにしている、と作者自身が作中で公言しており、その気持ち悪さに夢中だったわたしは、なんとしても宮城へ向かう機会を生かし、白鳥をこの目で見たいと考えたのだった。
実家の西東京エリアから大宮に出て新幹線に乗車し、仙台を通り過ぎてなお北上、新幹線の各駅停車駅(というのか?)で降りてタクシーを拾う。20分ばかり揺られてくり電若柳駅を目指すと、途中で大きな橋を渡った。それが迫川。車中からでも、飛来エリアの中州には大きな鳥が群がっているのが見えた。駅から歩いて戻り、白鳥を間近で見る。
帰りの電車の時間の確認ミスで間を持て余したわたしは、駅で無料で貸してくれる自転車で迫川にかかる橋を渡った。宮藤家の経営する文房具屋の前も通った。知らない街をぐるぐる廻ってたくさんの白鳥を見て、くりでんに揺られて石越に出て、押しボタン式扉の列車で仙台に戻り、友達と落ち合ってお茶、ライブ、牛タン…とフルコースの一日*1を過ごした。
そのときの写真はこんな感じだ。

あのときの自分の無駄な熱量がどこから来ていたのか、今のわたしにはよく思い出せないのだけど、栗原での数時間は本当に不思議な時間で、所在ないような寄る辺ないような、それでいて爽快なような、子供みたいにわくわくしていたような、奇妙な情熱の残り香がわたしの記憶領域に格納されている。くりでんは、本当にかわいい、小さな赤い電車だった。京都の叡電にちょっと似た感じで、バスみたいに料金箱があって、車幅も狭めで、名前の通りに田園を貫きながらごとごといって走っていた。くりでんの終点は松尾スズキ脚本の映画「東京タワー」のロケ地として使われた細倉マインパークという炭鉱跡を使ったアミューズメントパーク? のある駅で、北九州の炭鉱の街が舞台なのに宮城で撮影て! て笑ってたんだけど、地震の被害は大丈夫だったんだろうか。そういえば報道でも名前を全然聞かないな。
岸さんは大宮の鉄道博物館学芸員をされていたのだそうだ。車両保存のための会議に出席されていたということは、栗原で保存する話だったのかもしれないけれど、もしかすると、鉄道博物館にくりでんの車両が来るということなのだろうか。だとしたら、岸さんの解説で見たかったと思う。本当に残念です。
岸さんをはじめ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

*1:そしてもっというと、その翌朝5時に起きてぴあに並び、この3〜4月のグループ魂の対バンライブのチケットを取ったんだった…わたしって…。