オテル モル/栗田有起

オテル モル (集英社文庫)

オテル モル (集英社文庫)

手持ちの本が思いのほか早く読み終わってしまったために慌てて購入。帯の柴田さんの名前に惹かれて買ったようなものだったが、まあまあでした。
ファンタジーというか、不思議な浮遊感がある世界が描かれているようにも思えるのだけど、その実、ディティルは丁寧に書き込んであって、そのバランスが結構うまかった。音に関する描写がきゅっと来る感じで、あまり期待しないで読んだので、ほう、と思わされたり。全体的に、ちょっと不条理小説っぽかったかなあ、そのへんが柴田さんの琴線に触れたのかな、とも思ったんだけど。ホテルの面接に向かうくだりなんて、ユアグローとか思い出した。
でも、一部の登場人物はなんだか、うすぼんやりとした感じでいただけない。ホテルの従業員の外山さんはすごく活き活きしているのに、双子の妹のキャラクターにはいろいろと無理があって、どういう人なのか全然イメージが湧かなかった。あいまいで概念的でついてゆけない。語り手の立っている場所のすべての要素は、突き詰めれば妹の影響を受けているはずなのに、その妹がいんちきくさく読めてしまうせいで、その立ち方がひどく宙ぶらりんに読めてしまった。その分、細部が鮮やかに感じられるという効果はあったんですけどね。
ホテルの細部はどれもすごく魅力的だったな。ボイラー室の描写も素敵だったし、フロントで主人公が食べるお弁当もおいしそうだった。外山さんが淹れてくれたお茶もすごくおいしそうだし、ホテルの部屋に入った途端襲われる凶暴な眠気とか、なまなましくてよかったんだけど。ホテルの概念やルール、運営上の仕組みなんかもすごく面白く読めた。でも、そのホテルに行き着くまでの主人公の経てきた過程が陳腐に思えて、その陳腐さの根底にあるのが妹なんだとしたら、やっぱり妹に無理があって読みにくかった、ということなんだと思った。
それにしても、この主人公の自我の希薄な感じ、初期の吉本ばなな(当時名字漢字表記)を思い出す。こんな淡白な感じで、「先輩と別れてからはいろんな男と付き合ってやりまくった」みたいな文章が突然出て来ても、はあ、と拍子抜けする感じ。ぜんぜんぴん来ない。むしろ、女子中高時代の同級生の、虚言癖というか、「大人の男と付き合っていて夜は忙しいから昼間は学校で仮眠を取ることにしているの」というような芝居を、誰に聞かれてもいないのに淡々とひとりで続けていた子のことを思い出してしまったよ。休み時間の度に公衆電話に飛んで行っていた、靴下の丈がいつも微妙にヘンだった子。とってつけたようなヤリマン宣言に鼻白む感覚で、彼女のことを急に思い出した。
そういう意味では、妹のエキセントリックさも、女性らしい過剰さを感じないでもない。ところどころ、よくない意味での女性らしさが漂って、「んー?」と思わされるところもなくはなく、でも、それをそれとすれば魅力的な要素もいろいろとある作品だった。解説の柴田元幸さんの言葉としては、「嘘がない」「閉じていない」「品位がある」ということなんだけど、まーそこまでじゃないかなーとは思う…。けど、トーンは不思議と安定した小説だったので、すごくいいってほどじゃないながら、割と好みかも、と思いました。この人の他の作品も読んでみることにしよう。