オチビサン/安野モヨコ

オチビサン 1巻

オチビサン 1巻

朝日新聞日曜版のオールカラー連載がまとまったもの。古い日本家屋に住むオチビサンと友達のナゼニ(犬? ブルーナのブラックベア似)、その友達のパンくい(犬?)の、季節感と愛嬌のある日々。迷った末に買って読んだ。
連載を時々見ている分には「あざといなー」という印象が先に立っていたし、他の連載を全部休止してるのにこの「オチビサン」だけは続ける、という作者の偏愛が露骨に出ているところも、一読者としてはちょっとなあ、と感じていて、それゆえにお金を払って購入することに多少の抵抗はあったのだけれども。
でも、まとめて読んだらすごくよかった。わかってたけど、やっぱりよかったので、ちぇって思った。
まとめて読むと、とてもみずみずしく、洒脱なんだけど、切なさとか寂しさとか、たまさかの毒気とかがあって、なおかつかわいげまである、という…もう「うまい」としか言いようのない作品。ちぇ、って思うに決まってるじゃないかそんなの。
にしても、こんなに季節感をこんこんと追求した作品だったのかー、ということに意外性すら感じてしまうよ。連載をいかにいい加減に読んでいたのか、自分でも驚くばかりだ。食べ物、気候、気温、動植物、湿度、暦…これでもかこれでもかというほど丁寧に、ユーモアを以って描いていて、要するにアレだな、安野モヨコ版歳時記、ってことなんだろう。左ページにカラーの元マンガ、右ページに台詞を英訳したモノクロ版、が対になって配置されているところから見てもその気概がよくわかる。
絵のうまさ、カラーのうまさを前提としても、新聞のカラー印刷の特性を利用した色づかいが利いていて、本を開いたとき、目にすごくあたたかみが伝わってくる一冊になっている点にもかなりの気合を感じる。通常のストーリーマンガの連載や、コラム系(美人画報とか)の描き飛ばし癖と比べてみると、かなり丁寧に描いているなあという印象。「監督不行届」に匹敵するほど絵が安定している気がした。全体のトーンも安定しているし、安野さんのうまさが際立っている作品になっていると思う。
キャラクターは、オチビサンが若干ロンパースみたい。最初は過剰にテンポを重視した、江戸っぽい喋りなどをさせているように読めたけど、途中からはキャラクターが確立してとてもいとしいキャラクターになっている。周囲のキャラクターも、適度にずるくて適度にばかでかわいい。わたしは殊に「パンくい」というキャラクターがかなりツボで*1、勝手にオチビサンちにおしかけてごはんをねだったり*2、パンを5倍にして返すから自分に預けろと誘ってそのまま食べちゃったり…悪い賢さがある割にはパンがただだいすきで、お正月にはパンっぽく餅にジャムを塗って食べたり、レーズンパンを食べながらお昼寝をしてしまうという…。憎めない、かわいいともだち、という感じでたまらんものがあった。
ところが、オチビサンたちはそれぞれ別々に生活を営んでいるもよう。ファンタジーものっぽく、皆で同じところに住んだりはしていない。しかも、夕方まで砂場で遊んだオチビサンは周囲の暗さに気付いて飛んで帰り、晩ごはんを作る算段を慌ててしたりする。砂場で遊ぶ=子供、という描写と、ごはんを作る=大人、という描写が混在していて、オチビサンて一体何者? という疑問がヒシヒシ沸く。犬たちだって、普通に喋っているんだけど、オチビサンはニンゲンの姿をしているし、オチビサンのお隣さんはニンゲンのおじいさんだし。どういう世界なのかがわからない気持ち悪さもあって、わたしはそこがまた妙に気に入った。

*1:夫がわたしがパン好きなことをしょっちゅうからかうので、このキャラクターには妙な親近感が。

*2:なのにオチビサンはあら玉豆腐(豆腐と卵と大根おろしのお料理)を出すのですが、これがすごくおいしそうで作りたくなった…がしかし、何やらこんなことに…。