私が語りはじめた彼は/三浦しをん

私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

何の気なく図書館で借りて読んだ。面白かったー。
ひとりの大学教授、の周囲の人たちを主人公にした短編の連作。だのに、わたしは随分あとのほうの作品まで、その意匠に気付かずに読んでしまっていた。どっちかっていうと、意図的な「仕組み」がないところでも「仕組み」がある前提で読もうとする、いわゆる不可読み、じゃないや、深読み好きのわたしとしては珍しいことで、自分でちょっとびっくりした。
これはきっと、一篇一篇があんまりにもうまくまとまっていたからだと思う。どれも家族モチーフの作品なんだなあ、なるほどねえ、みたいに納得して、縛りがあるようには読んでいなかった。なので、大学教授の再婚相手が依頼した、一人暮らしをする娘の素行調査をする男を主人公とした作品の次に、その娘が死んだという話が登場する作品が来て、その作品の主人公は大学教授の初婚時の娘の恋人で…って時点でようやく気付いたという。やあ、気付いたときはびっくりしたなあ。わー、うまいねえこの人! とバカみたいに感心してしまったよ。
連作としてよくでてきていると思ったのは、主人公が全員男性に統一されていること。物語の中心にいる大学教授と、その外側を取り囲む女性たち、そこからさらに外側にいて、女性たちを通して大学教授を見る男性たちが物語る、っていう構図がとてもうまい。それに、女性作家は男性の一人称が苦手な人が多い気がするけど、三浦さんは全然書けてるように思えて感心することしきりでした。というか、単純に文章がうまいなあ、と思わされる箇所が多くて、ともすればちょっとくどくなる傾向も見え隠れするんだけど、でも、それをぎりぎりのところで保とうとする意思も感じられてな。いろんな意味で、三浦さんのうまさがよく出てる作品だと思いました。
印象的だったのは息子視線の話かなあ。足が不自由な友達の存在が必要だったのか、という点で感心してしまったのは、この連作の方向性からいけば、教授との繋がりが薄い人物はできるだけ描かないで済ませたほうが描写の密度が上がるだろうに、ところどころで、その作品その作品の主人公の気持ちに刺さるような、教授と関係のない立場の人物を登場させていて、そこが全体の「仕組み」に意識が向かなかった理由な気がした。息子にとっての足が不自由な同級生や、娘の恋人にとっての昔繋がりがあったやくざみたいに、作品の世界は大学教授に関することだけしか存在していない訳ではない、っていう奥行きを感じさせる存在がちゃんと登場するのがうまかった。のと、男性同士の関係性が好きな人らしい奥行きの出し方だなあという点でも妙に面白かったです。ははは。
描かれていること自体に気持ちが動く感じはなかったんですが、ふんとに「うまい」の一言で、破綻もなくてすごかったです。若いのにうまい! とひたすらびっくりした。この人の作品、小説何作か読んでいて、それぞれうまいと思ったけど、この作品のうまさはちょっと別格に思えました。感心作。