風とロック

源ちゃんがメガネ…! という暗号めいた伝令を受け取って捕獲。確かに。これ、何かすっごくいい写真だなあ、源ちゃんの顔を横から見た写真ってそういえば知らないし。でも糸井さんが絡むと何か、消費される感じがしてあんまり…な気持ちになる。ミーハーを気取っているときの糸井さんがわたしはあんまり好きではない。
勿論、80年代に思春期の発端を置いて来た身としては影響を受けてない訳はないんだけど、だから余計に引っかかるというようなところもあって微妙な気持ち。例えばこうやって「好きなもの」について触れている中で、わたしが前から大事にしていたものとかに対して突如、攻撃的なまでに好き好き大好き最高、と切り込んでる人に出くわしたときの「うわあ」っていう気持ちとか、わたしが新しく好きになったものについて書くときに、昔から好きだった人をそういう気持ちにさせたくないなあと怯える気持ちとか…わたしのそういうところは、糸井さんが「背景を知らないけど好き」ってスタンスをわざと強調して見えるのが何か…な…という風に感じているのです。
10年くらい前、社会に出て最初の頃、物書きの仕事をしていたわたしは、有名な印刷媒体の広告賞の選考会の取材で、糸井さんや仲畑貴志さんが選考しているところに同席させていただいたことがある。糸井さんはその頃、キムさまとバス釣り…みたいなステイタスの頃で、他のお偉いさんたちが皆ジャケットを着ているのに、一人だけジーパンに黒いニット、綺麗な黒いコットンのスィングトップみたいなブルゾンを羽織って片耳にはピアスで、ちょっと茶っけた短い髪をこりこり掻きながら審査をしていた。
その後、お昼の休憩で、糸井さんたちと同じテーブルで食事をする羽目に陥って、当然のことながら、23歳のわたしはめちゃくちゃ緊張した。糸井さんは漆の箱で出された高そうな仕出しのお弁当をちょいちょいとつまんで、デザートのメロン、皮がついた状態でお皿に乗っかっている 1/8 カットのやつを、手も添えずに片手でナイフを滑らせて皮から切り取り、縦にさく、さく、と切ってからフォークでスマートに口に運んでいた。
カジュアルっぽいけどすごくお金のかかった服装で、室内なのにブルゾンを脱がずに、お堅い人たちの中ですごくナチュラルな姿勢でそこに座っているようで、だけど、高いメロンを綺麗に食べることはできる人。何か、そこにいた誰よりも、わたしの目には演出過多っぽいようにも見えた。
だけど、この本は好きだったなあ。

家族解散

家族解散

…つーか風とロックの話じゃないぞこれ。いいけども。
表紙のヒロトマーシーが何かとてもよいのだ。20年近く前、15歳のわたしは彼らに夢中だったのです。その頃と彼らの顔が変わっていないのがすごい。