読了した本

課外授業ようこそ先輩 12歳の大人計画

課外授業ようこそ先輩 12歳の大人計画

めちゃくちゃ面白かったー! 放送した番組ではばさばさカットされていたところがいっぱいあって、あの特別授業は実に3日間にも渡っていたのだということ、突如流されていた「銀座の恋の物語」にもきちんと伏線(伏線?)があったこと、松尾さんが、放送された分よりももっとずっといっぱい、気が遠くなるくらいいっぱい、すごく大事なことを子供たちにたくさん喋っていたこと、を知った。
松尾さんのエッセイを読んでいると、松尾さんに関心のある人に向かって、自分の一部をちらつかせて文章を仕立てているように見える。そこに素晴らしい技能を感じることもあれば、「手え抜いてますのね…」と苦笑いしたいような気持ちになることもある。わたしは松尾さんのファンだから、その振り幅も含めて、松尾さんが綴った言葉の向こうに透ける「松尾スズキ」を楽しんで読んでいる。
でも、この本の中で松尾さんが使っている言葉は殆どが、松尾さんに関心のない、12歳の子供たちに向けて、伝えよう、意識を引き出そう、考えさせよう、とする、その道具としての「言葉」なのですね。もー、エッセイでの言葉の使い方とはまったく違っていて、密度がホントにめちゃくちゃすごい。ぽん、とびっくりするような喩えが飛び出して来たり、結論を導くために生徒たちに質問を投げて、その答えを集約したりする、そのやり方にブレがなくて、なんだろう、あの、舞台作品とかに近い精度と集中力、熱意なんかを楽しむことができる、ものすごく面白い本ですよ、コレ。
大人になりたくない、という子供たちに、大人にはならなきゃいけないんだよ、大人になるのはつらくてしんどくて面白いことだよ、って真面目に伝えてる松尾ちゃんがたまらなく素敵。そのつらさやしんどさに絡め取られて身動きができなさそうな様子をエッセイとかで零してはこちらをどきどきさせるけど、でも、「大人計画」という劇団名から見ても分かる、松尾ちゃんがどれだけ「大人」のジャッジに意識的な人かということが。ある意味、病気とも言えるのかもしれないけど、松尾ちゃんに取り付いて離れなかった「大人とは?」の問い、「大人じゃない自分」への後ろめたさを、それでもちゃんと「大人」の立場から、12歳に伝えようと誠実な授業をしていた様子がよく分かった。
授業の最後、「大人になる頃、お父さんお母さんに『自分を生んで良かったか』を訊いてみてください」と言っていた言葉は放送の締めでも使われていたように思う。でも、この流れを本で読むと、意味合いというか、重さが全然違ってくる。当日は、子供たちはある程度ぽかんとしていて、スタッフが号泣していたそうです。笑えるけど、泣ける。その問いを投げたいのに投げられないまま、お父様を亡くした松尾ちゃんは、うんと若い頃に「お前を生んで良かったよ」と微笑んでもらえていたら、色々なことが全然違っていたのかもしれないじゃないですか。でもその機会はもう二度とない。間に合わないというのは悲しいことだから、松尾ちゃんは子供たちに「訊いてみて」と言った。自分みたいに、その機会を永遠に失う前にね、っていう意味で。
伝えたい言葉や訊きたいことを、投げる先がいなくなってしまうことはつらいことで、でも、ホントはすごくよくあることだ。その「よくある」具合を知ることが大人になることだとも言えるような気がする。そういう意味では、松尾ちゃんは大人中の大人なんだと思った。そんな大人の、大人による、子供のための授業だった。