それでもボクはやってない

観た直後の感想もちょっと書いたんだけども。
http://d.hatena.ne.jp/oolochi/20070207/1170868340
正名僕蔵がよすぎる、と驚いていたら、結局この人がやっていた役がすごく重要な主張を担っていたのですね。ほぼ日での周防監督と糸井さんの対談連載*1のこの回↓を読んで気付いたんだけど。
http://www.1101.com/suo/2007-02-18.html
しかしながら、パンフレットによれば彼の演じた大森裁判官は「正義感は強いけれども少し能力に欠ける裁判官」だったようで、彼が無罪判定を出した裁判は検察側に提訴され、高裁で逆転有罪を出されるケースが続いている…っていう、そこは確かに映画本編で描かれていた。検察側は勝てると思った場合しか提訴しないのだそうで、一審 → 高裁 → 最高裁、というステップで行けば、無罪 → 有罪、と来てしまうと、最高裁で無罪を勝ち取るのはほぼ無理なんだそうだ。逆に、一審で有罪くらっても、高裁で無罪を取れば、最高裁でひっくり返すのが難しいと検察に判断させて提訴を諦めさせ、罪状確定となる可能性が高いのだとか。なるほどなあ、と思う。すごく現実的で、この長い長い筋書きの中でこの映画を見れば、実に一部分を描いたものだということ、スクリーンにエンドロールが流れても、何の物語も決着しておらず、この映画が描いている「制度」自体は淡々と続いている、という、その感じがものすごくよく分かって面白かった。このパンフは、こういう部分で本当に充実した読み物になっているので、これから劇場で映画を観ようと思っている人はオススメです。
映画を観終えて最初に思ったことは、笑いの芝居がない映画だなあ、ということ。誰も誇張した芝居をしていなくて、だからって別に、「静かな演劇」みたいに極端に力を抜いた芝居をしている訳でもなくて…状況がきちんと作り込んであって、その中でその人がどんな風に振舞うか、という、その現実を真面目に、奇をてらわずに再現しているような演技を皆がしている、っていう、その点でひたすら圧倒されていた。正名さんも田中哲司さんも、「いい」っていうのは、役がいい、ってことでもあって、その役のよさをきちんとなぞっていたから「いい」っていう、そういうよさ。過剰に役者が役を引っ張り出したりしていないから、誰も突出していないし、誰も弱くないし。すごい役者の使い方をするなあ周防監督! ってびっくりして、なんともかんとも胸を打たれた。
正名さんの役に託した「周防監督が一番大事だと思うこと」は、彼の左遷とともにスクリーンから排除されてゆく訳で、それでもボクはやってない、っていう、タイトルのシンプルな叫び…叫び? いや、叫びじゃなくてもいいんだけど、この言葉しかもう、被告には残されなくなってゆく訳じゃないですか。絶望というか、終わらない悪夢感がすごくって、だけど変にウェットにならないでいられるのは、人間ドラマ、みたいな描き方を完全に排除しているからなんだなあって思った。被告の別れた恋人、田舎から出て来ている母、その母と一緒に被告のために奔走する親友、と主人公である被告側の「人間ドラマ」を描かないだけではなく、なんかきっと、小日向文世さん演じる裁判官とか、普通のドラマツルギーだったら「でも本当は人間味もあります」っていう風に、例えば雨に濡れる子猫を拾うシーンとか(おい)を付け足したくなるものだと思うのだけど、周防監督はそれをしなくって、もうとにかく、余計な人間の心情とかをわざわざ描いたりしない。観客も馬鹿じゃないんだから、そんなの想像すれば分かることだしね。映画そのものとしては、もう「裁判」しか描かない、っていう、その徹底度合いが今回の作品はものすごくって、こんなストイックな映画って! って思った。
…なんつうことをね、劇場からの帰り道、ぐるぐる考えながら昂奮して帰ったら、こんへんのことが全部パンフレットに監督の言葉として載っていたのであらら、ってなったりしたのです。主人公も、中年サラリーマンと若者フリーター、どっちにしようか随分長いこと悩んでいて、後者にする決定打となったのは「背負っているものの大きさ」の違いだったというところとか。要は家族の物語とかを膨らませるのが目的ではない、っていう、そういうところだったんだそうで、ものすごく納得感があったと同時に、分かった、そういうことだ! みたく、映画のポイントを見抜いたつもりになった自分がとても恥ずかしくなっていた。はは。
でも、何というか、この映画はものすごく明確なベクトルで作られた作品で、他のどんな映画とも違う強度を持っていると思う。硬派、っていうのもちょっと違うけど、見応えあるし、何よりうろたえ続ける加瀬くんがすごくいい。いい映画だなあと思った。海外での上映会も色々行われつつあるようで、色んな国の観客の反応とかが知りたいなあと思った。公式サイト(http://soreboku.cocolog-nifty.com/)では監督ブログで、撮影のときのことを振り返って綴っていたりはするのだけども、配給会社ブログとかでトークセッションとかの様子を綴ればいいのにね、と思う。公開した後が長いタイプの作品だと思うよ、これ。
そして感想 TB 企画があるらしいので一応わたしも投げておこうと思った。この映画に対してなら、そういうことをしたい気持ちになった。
※後日追記;イベントレポートブログ、監督ブログとは別立てでありました(http://blog1.soreboku.jp/)。あと、海外での上映の模様もビデオポッドキャストで配信しているらしい(http://www.soreboku.jp/podcast.html)。わたくしごときの考え付くことはすべて提供されていたよ。ちょっと感動。

*1:Ryさん(id:rysheep)んちで教えていただいた。