私の男/桜庭一樹

私の男

私の男

読んだ。この人の作品初めて読んだけど、あー、こういう感じなのかあ、って思った。
この作品、一言でいえば「家族」に執着する主人公の花と、遠縁にあたる16歳上の淳悟の物語で、その執着の媒介としてセックスも出てくるから近親姦も登場する、という感じ。2人とも、子供の頃に家族を失って、家族のなんたるかを知らないから、間違ってるかもしらんけどこういう風にしかできないんだもんねーっだ、という感じで、開き直って平然と繋がるというか。
でも、この2人の関係において、実はセックスそのものには大した意味はないんだな…とも取れる描き方になっていて、物語は時系列を遡る形で現在から過去へ章が進んでいく構成なんだけど、その最初のほうの章(2章め?)で、2人の間にはもう性的な欲望は残っていない、みたいな記述があって、ああ、2人の繋がりは性的なものだけじゃなくて、もっとなんか切実っぽい欲でがんじがらめにし合ってる、という風に描きたいんだな、と思わされた。作者の意図を理解した、という感じで、物語上の必然を感覚的に受け入れて、納得した、っていうことでは全然ないんだけども。
そうやって、しつこく描かれるその切実っぽいねとねとねとねとした欲は、わたしには全然響いてこないもので、そうかあ、そういうのが描きたいのかあ、困ったなあ、としか思えず…そもそもこれ、時系列を遡る構成にする意味あったのかがもう、わたしにはよく分からないのでした。最後に明かされる、時系列で言えば一番最初に起こった出来事によほど大切なことが潜んでいるんだろう、とおとなしく、最後めがけて一生懸命読んでいったのに、最後まで読んだら「…あれ?」ってなって一気に力が抜けた。あれ、もしかしてこれ、あんま大したこと書いてないんでは…とね…うん…。
まあ、すごい偏った作品で、その偏り方が作者の思い入れのあらわれなんだろうし、そこが読みどころでもあるんでしょうけど、力いっぱい描かれている「セックスよりも切実っぽい欲」は、残念ながらわたしにはあまり魅力的には思えなかったです。「近親姦とかマジ無理」っていうほど大げさなことでもなく、陳腐に思えた、っていうのが一番しっくりくるんだけど。
(わたしにとっては)陳腐な「欲」を、丹念に丹念に、それ以外に描くべきものはないとでもいうかのような密度で、しつこいくらいに描いていて、そのしつこさは確かに見所かもしれないけど、陳腐だと思えてしまってる方向にしつこさを発揮している以上、わたしの気持ちに届く部分はあまりなく、むしろ、そんな陳腐なことのために時系列ひっくり返した構成にして、最後に何かがあるかのような描き方をしておいて、結局はその描きたいことだけしか描かずにぽいーんと話を放り出したのか! と、読後感があまりよくなかった次第でした。
ま、読み進めないと分からないこと(花と淳悟の本当の関係だとか、2つの殺人事件のあらましだとか)が後ろのほうの章に書いてはあるんだけどね…それも全部、欲の正当化に必要な要素な訳で、ミステリーっぽく読めばいいのかしら? とか思ってた読み途中の自分が不憫に思えてむなしかった。ほんで、タチが悪いなあと思うのは、決して単に「下手な作品」ってことではない、ってとこだなあ。下手ではない、それは確か。確かなんだけども…作者の技量全部を注ぎ込んで、(わたしにとっては)陳腐な「欲」をあぶりだすためだけに、人物造形手を抜きまくってる周辺人物たちに一人称で語らせた章を平気で書いちゃう都合のよさとか、確かになかなかここまではできないよね…! という感心はしちゃったけど、でも、やっぱり好きになれんのだった。趣味が合わないんだろうな…こんな力作なのに、楽しめなくて残念としか言えない。
あと、この人の読点の打ち方がなんかものすごーーく、生理的にイヤだなあ! って思うところが何箇所かあって、何度か嫌な感じで唸ってしまった。自分が強調したいことだけを目立たせるために、文のリズムを崩して読点打っちゃう感じ。わたしは古い犬なので、小説でそういうことされると一気に文章の品が悪くなったと感じて気持ちがしらけてしまう。そういう、なんっか苦手、という感じがつきまとう、何やらものすごいエネルギーを使って書かれてはいるけれど、その方向に全然魅力を感じられない、という一冊でした。うーむ。