THIS IS IT

夫の仕事が年末で山を越えたためようやく観てきた。
「怒ってるんじゃないよ、これは愛だ。エル・オー・ヴィー・イー」
この台詞が出てきたとき、軽く噴いたのは、いろんな人にこの台詞のことを事前に聞いていたからです。ツアーのリハーサル中、慣れないイヤーモニターに対するクレームを PA に伝えるときのマイケルの台詞。「スターである自分の影響力をよく分かっているからこその謙虚さ」って色んな人が感激していたこの台詞に、これか! てなるくらい、あっちこっちのシーンについて、事前に読んだり聞いたりした状態で観ました。それがよかったのか悪かったのかは分からないけど、殆ど動揺することなく観られた、かなー、結構人の死に際してショックを受けやすいたちなので、そういう意味ではよかったような気がしました。
あと、これも事前にいろんな人が言っているのを聞いていたけど、「あのタイミングで死んでいなければ」「このツアーが実際に敢行されていたら」、世間(少なくとも音楽を好きな人たちの間)でのマイケルの評価は必ず上書きされていただろうってことは、この作品を観たら、ファンでもない、どっちかっていうとスキャンダルに気を取られて「変わってしまったマイケル」「おかしくなってしまったマイケル」って認識してたわたしにだって、痛いほどによくわかった。その名誉挽回の機会が訪れる直前、ホントに直前で亡くなってしまったってこと。ファンの人が抱えている残念さ、悔しさ、無念さを、この作品でよーやく理解できた感じです。
この作品に収録されているライブシーンはリハーサルのものなので、マイケルの歌も踊りも勿論、いわゆる「本意気」ではないんだけど、それでも美しく抜ける高音を力みなくすいっと発声したり、バックダンサーたちとの振り合わせで基準としてブレのない動きをびしっと示したり、鳴るべき音をすべての楽器についてイメージしているだけでなく、それを伝えて実現するために一番的確な言葉を全力で探したり、観客心理を完全に理解した上で照明や演出のプランをガンガン決定していったり…と、マイケルが自分が立つはずだったステージに対して、どれだけ高い理想を持ち、その理想の実現のためにどれだけの情熱と根気を持ってリハーサルに臨んでいたのか、これでもか!というくらい、明確に映し出されてました。この映画でマイケルが出てくるすべてのカットが、このステージのために彼が考え、試し、伝え、歌い、踊っているシーンなんだよねえ。その思いの強さ、確かさたるや、プロフェッショナル中のプロフェッショナルの仕事だ! と震えるしかないってもんで。
正直、あのタイミングでマイケルが亡くなったことで、お金に困ってツアーを組んだのはいいけど、あんな本数は実際にはできないだろうことが本人や周囲には明らかで、その破綻が何らかの導火線になって死を招いた…みたいな陰謀論説が世の中に跋扈してたし、わたし自身も結構「そうねえ、あの本数はちょっとねえ」なんて、無責任なことを思ってもいた訳です。でも、この作品観たら、マイケル自身もスタッフもダンサーもミュージシャンも、「できないんでは?」なんてこれっぽっちも思ってなかったんだっていうことがはっきりと分かり、ちょっと目が覚めた感じになりました。彼らが、本気で「やれる」つもり、「やる」つもりでいたばかりでなく、「最高のステージをやる」つもりで全力で準備してたんだ、ってことは、この作品観なかったらわたしは分かんないままだったなあと思う。だから、本当に観てよかったって思った。途中、マイケルのダンスで岡村ちゃんのことを思い出したりもしたのですが、マイケルは岡村ちゃんとは違い、最後まで最高のステージを目指す求道者であり続けていたんだ、って分かって、それだけで泣けるくらいに嬉しく感じられた。ファンでもないのにそうなんだから、ファンの人の気持ちたるや、いかほどのものだったことでしょう。つらいね…。
わたしにとって一番印象的だったのは、マイケル自身のシーンではなく、ダンサーオーディションの応募者へのインタビュー映像がモノクロでつながってゆくオープニングでね。世界中から駆け付けた、若い、いろんな人種の子たちが、キラキラした目で、マイケルと同じステージに立てたらどれだけ素晴らしいかを一生懸命語ってゆく、あの映像が頭から離れない。わあ、この子たちにとってのマイケルは神様なんだなあ…って思って、神様と同じステージに立つ機会を得るまでに彼らがどれだけの努力を重ねてきていたのか、そしてその機会を得てどれだけ喜んだのかを想像して、最後に、その機会が永久に失われてしまったとき、彼らが直面した絶望がどれだけ深かったのかを想像して、つらくなる。たくさんのスタッフたち、バックミュージシャンたちのインタビューも全部そうなんだけど、マイケルが死んだあとの映像素材を一切含まない作品なので、「マイケルと一緒に最高のステージを作る」という「前」を向いた状態で彼らが語る言葉のすべてが、今となってはものすごく残酷に響く。彼らの笑顔がぴかぴかしていればしているだけ、観ていてつらくなってきて、途中から、マイケルに遺された者たちのドキュメンタリーに思えてきて、すごくしんどく感じられました。
環境問題に関する部分はちょっと蛇足だったかなあという気がする(ラストカットの女の子と地球のアレは要らないんでは…)のですが、でも、「本当」のマイケルをもう一度世間に知らしめる、という、ツアーで達成されるはずだった目的の何パーセントかを、この作品が達成しているような気もするから、その意義深さの前ではまあいいか、ってことだと思う。マイケルが亡くなったあとに、映画という形で(多分ライブよりも)多くの人に、失われた才能がどれだけのものだったのかが明らかにされるなんて、なんとも皮肉というか、逆説的な話になってしまっているけれども、それでもね、観てよかったってすごく思った映画でした。うん。