「嫌われ松子の一生」

今日も今日とて、ヨーロッパ企画のSSMFのチケットを予約していたのに仕事で行けず、しかしSSMFには間に合わないけどレイトショウには間に合う、という微妙な時間に手が空いたので、レディスデーでもあるし、とやっと観た。正直、何となくもう映画館で観られないかも…とぼんやり諦めてた部分もあったんだけど、観たお友達たちが皆さん口を揃えて、「お前が見なくてどうする!」と…主に桜桃方面でね、ええ。なので、半ば義務感にも似た気持ちで観て来たという次第。観終えて、感想書きたくて今、吉祥寺の漫画喫茶におります。以下ざっくり感想。ネタバレ含んで畳みつつ。
これは「ただいま」と「おかえり」の物語なんだなーと途中で気付いた。そうしたら、ラストがまさにこの二言だったので、いえーいビンゴ! って思った。
松子はずっと、どの男にも「おかえり」って言い続けていて、だけど誰も松子に「ただいま」も「おかえり」も言ってくれない。唯一言ってくれたのは妹だけだったんだよね。妹に嫉妬して、妹から逃げて家を出て、だけど最後に帰っていったのは、八女川んとこでも父親のところでもなくて、妹のところだったという。何かこう…男に翻弄されているフリをして、この人、男に何も明け渡してないなあという感じ。めぐみとの関係もそうだけど、マインド的にはレズ風味がうっすら感じられて好みだったなあ。
この物語をざっくり語っているモノの本などを見ると、決まって「男に振り回されても恨みもせず、愚直に愛した松子の一生」っていう切り口になっている。でも、わたしから見たらこれ、全部元々松子のせいだよ。あんな愛し方は暴力でしかない。自分の足りない部分を埋めるために、愛情のはけ口として男を傍に置く。自分の欲求のままに溺愛して男を追い込んで、最終的には全部を奪う。緩慢な自壊の手助けをさせてるようなものじゃないか。男の側が弱いと、これに巻き込まれてしまうんだと思うんだけど、そういう意味では八女川と龍は完全に松子に喰い殺されたようなものだった訳で。ひどい話、ほんと。
親だって人間だから、姉妹の間で贔屓が発生するなんてしょうがない話。それを自分の中で相殺するために、生身の男を利用し続ける松子がわたしは怖かったなあ。誰かを愛してないとダメになっちゃうだなんて、依存の一番タチが悪いパターンでしょ。龍は松子が自分の神様だったと言っていたけど、神様ってことはもう、龍は一生松子から逃れられないんだから。そうやって、逃げられないほどにがんじがらめにして龍の人生を奪っておいて、先に死んで行くなんてずるい。だから、全部を奪われた八女川と龍だけは松子を殴ったんじゃないかなあ。殴るくらいまで追い込まれる、そういう資質を持っていたという点で、松子の最初と最後の男はよく似ていたんだと思う。松子は結局、こういう男を必要としていたってことなのか。
龍に一緒に死のうと言われた円山町の旅館、多分あれが松子の幸せのピークだったんじゃないのかなあ。アパートに来ためぐみを追い返した後、龍に「ヤクザ辞めろなんてもう言わない」っていうときの松子の表情ったらなかった。あんな満ち足りた顔されたら、男は逆らえないじゃないか。多分、八女川が松子を殺してあげられるくらい強ければよかったんだろうけど…誰も松子の愛情に互角に渡り合える男はいなかったってことな気がする。まあ、無理もないけども。
よく、「多く愛したほうが負け」みたいな理論てあるけど、松子の場合は弱肉強食、愛の強さで男を結果的に征服しちゃってる。「あなたが何をしようとも、わたしはあなたを愛している」なんて、一見すごく下手に出ているようで、高慢以外の何者でもない理論だもん。そんな風に言われたら、真面目な男ほど圧迫されるはずだ。極端で一方的な愛情が、男を萎縮させて破滅させて、松子を利用できるキャパがある男はいいけど、その余裕がない八女川と龍の哀れなことったらない。そこが、観てて無茶苦茶痛かった。
と、えらい勢いで書いてますけど、完全な私見で恐縮、という類の感想ですねコレは。こんな意図では誰も作っても、演じてもいないだろうから、完全にわたしのパーソナルな反応としてお読みいただければ嬉しい。解釈したい訳じゃなくて、わたしにはそう見えた、という話。松子がもっと相手の弱いところをちゃんと見てあげられる人だったら、きっと八女川の時点であんなことにはなってなかっただろうに…という発想自体が、ええそうです、八女川に感情移入しすぎたために出てきた気持ちの悪い感想なのであります。すみません。
全体的なことで言うと、映像が素晴らしかった。OP と ED の古(いにしえ)のハリウッドミュージカル風のタイトルカットなんかはちょっとやりすぎかなーと思ったけど、CG を使ったコントラストの強い色調の美しさは徹底していて、特にラスト近くの荒川付近の映像は本当によかった。曲も全部よかったなあ、刑務所のシーンの「What is A Life」がすごく好きで、AI ってあれですよね、医龍のエンディング歌ってる人だよね。映画の ED で色んな曲をメドレーにしてるのは、オーソドックスながらもぐっとくる演出だった。
役者もみんなよかった。瑛太きゅんも可愛くてエロくてよかったし、香川照之も奮ってた。正視できるか心配だった宮藤さんの芝居は、多少鼻の下に汗をかきゃしたけど(えっ?)、ある程度身構えていたのでセーフ。ただ、列車に轢かれる寸前にふっと笑った、あの瞬間ぎゃっとなった。や、歯は、歯はダメだって…何かこう、弱いところを見せた瞬間に列車に吹っ飛ばされるっていう、そのダイナミクスであの顔が目に焼きついてしまった。や、歯=弱いってのも何ですけどね…もぐもぐ。
良々は誠実な芝居だけをさせてもらってて得な役だなあと思ったり、武田真治くんのでたらめさ(服装含め)はもう、骨格に染み付いてる感じでにやにやしてしまった。谷原さんはジャージのズボンを引っ張り上げるのが歯のキラリ以上に反則でゲラゲラ笑ってしまった。劇団ひとりは最後の、「抱きすぎた」ってところのトーンが最高で、あの人はやっぱり下世話さのある芝居がハマるのだなあと。伊勢谷友介くんはえらい堂に入った芝居で何かすごかった。八女川と龍の違いということで言うと、芝居のトーンがすごくはっきりしてて、中途半端な龍だとバランスがダメになってた気がするんだけど、宮藤さんと伊勢谷くんでよかった気がする。結果的に、てことかもしれないけど、うん、何か、背負ってるものの重さが違ってる感じが、自死しちゃえる人と最後まで死ねない人、っていう落差に繋がってて、すごくよかった気がした。
女優陣はやっぱり、中谷美紀が。監督の演出がすごかったという話だけども、よく応えたよなあという感じで、修学旅行の盗難のくだりのコメディエンヌぶりとかホント最高だったし、上にも書いてるけど、開き直って龍についてゆくって決めるところのあの顔ったらなかった。あんな顔されたら、誰だっておかしくなるわ…っていう説得力がね、もう。あー、それで言ったら、八女川に殴られた後の顔も同じ意味でよかったなあ、やっぱりホラ、松子が求めてたのは八女川や龍みたいな男なんだよ、って、そんな訳でもう一度実感したりしてな。しつこいですね、すみません。ほんでもってこのシーンは、宮藤さんの指の美しさがやばくて、ぼろぼろの松子の頬をあの指が撫でるのを大画面で見たら、頭の血管がぶつっといきそうになった。はは。
他にも、黒沢あすかもよかったし、市川美日子ちゃんもひたむきでたまらなかった。彼女が松子に吹っ飛ばされたシーンで、客席に笑いが湧いてたんだよ? 素晴らしいことです。ボニーピンクもエロかったなあ、あの人の不思議な、日本的なエロさがばっちり出てたと思う。妙にぐっときた。
ともあれ、あれだけの要素が立て続けにスクリーンに映し出されて、観ているこっちの気を一瞬も逸らさない求心力ったらなくて、映画としての力が極端に突出したすごい作品だったと思う。松子の人生を「自分の物語」としては観られなかったけど、それでも、無茶苦茶面白かったです。