ヨーロッパ企画第25回公演「火星の倉庫」/シアターサンモール

土曜のソワレを最後列から観てきた。ネタバレありんす。
タイトルが深いな、と無責任に思ってみた。「火星は本当は緑豊かな、人間の棲息に適した環境の星で、一部の選ばれた人だけが地球を捨てて移住するための準備が水面下で進められており、そのことを隠すために、メディアでは火星探知機によって撮影された偽の風景を流している」っていう与太話が、与太話として繰り返し劇中に登場するのだけど、「火星の倉庫」というフレーズは特に出て来ない。や、来なかったと思う、急に自信なくなったけど。でも考えてみたら「倉庫」って地球のことかいね? っていう。気付いたとき、ちょっと「わあ」ってなったなあ。うまいタイトル。
ヨーロッパ企画を観るときの楽しみのひとつは、「今回のパズルはどういう種類かな」という点。必ず、理論的にだったり物理的にだったり時間的にだったり、置き換えとかはめ込みとかのパズル的な要素が盛り込んであるのが上田さんの作品づくりの特徴のように勝手にわたしは思っていて、今回は舞台装置によるパズルがメイン。港に積み上げられた大小のコンテナの木箱を積んだり並べたり運んだりを繰り返して、それが芝居の動線や物語の動きと絡んでゆく。何作かヨーロッパ企画の舞台を観たことがある人間からすればさほどの目新しさは感じなかったけど、もうひとつ、永野さんの役のドラム缶とか「女の子にいいところを見せるための登場順」みたいなところとかの、物語的な制約(いや、ドラム缶は物理的な制約でもあったんだけど)に基づいたパズルっぽさもがっつり搭載されていたので、大小のパズルの組み合わせが堪能できた感じがあってお得に楽しめた。
ヨーロッパ企画の作品において、登場人物たちはパズルの構造によって動く。人が動くことでパズルの展開が1つ進む。そのことでまた人が動く。展開が進む。その繰り返しで物語が転がってゆくから、そこで語られていることに物語としての奥行きとかを求めようという気にあまりならない。今回で言えば、箱が移動されたり、その中から出てきたモノで、登場人物たちの次の行動が規定される感じで、登場人物は決して感情や情緒では動かない(たまにくだらない衝動「こうすると面白い」とかで動かされていることはあるけども)。ヨーロッパ企画の作品はそこが面白いなあ、と思っていたし、今回の作品を見てもそう感じたんだけど。
けど、今回、そのパズルのロジックと違う動きをする人がいて、それが本多さんの役だったように思う。恋が人を動かすなんてえらいロマンティシズムで、観てる方はそこに反発くらい感じてもおかしくはなかった気がするのに、あの滑舌でそのハードルの高さを乗り切って、愚直で可愛らしく、憎みようがない、完璧な「恋する男」を演じていた。ラストのメロドラマが唐突じゃなかったとは思わないのだけど、でもちょっとなあ、瞬間的にぐわっと胸に来て脊髄反射で涙が滲んでしまったのは、そこまでの経緯で散々笑わされて、気持ちが「開いた」状態まで持ってきてたからかなあ。言葉とか状況とかでくすくす、ずっと笑わされて来ていて、とても無防備になっている気持ちに、スコーンとまっすぐ刺さってきたのだな。あれはちょっと新鮮な感じでした。少なくとも、ヨーロッパ企画では味わったことのない感覚だったので、ちょっとびっくりしたのかもしれない。アリかナシかは、好みとか体調とか気分とかによるかも。ロマンに近い心境の人であれば、なんとなく受け入れやすい要素だったように思うけど、好きじゃない人もきっと多いな。とにかく、ヨーロッパ企画でああいう感覚を喰らうとは意外で、精神的に受身が取れなかった感じがあった。
ヨーロッパ企画では味わったことのない感覚」としては、もひとつ、賛否両論が分かれたりするのかなーともちょっと思った、いわゆる「メッセージ性」という部分。ここにはちょっと、態度を留保、という感じでおります。んー。エコを笑いの道具にしているようにも、笑いをメッセージの道具にしているようにも見えて、どっちのつもりでやってるんだったらどう、っていうのが、今の時点で自分の気持ちがよく分からない。でも取り敢えず、この舞台を観た翌日、一緒に観た恋人とスーパーに寄ったとき、「エコバック、あるのに持ってこなかったね」「宇宙人に怒られるね」って会話は自然にしていた。これがすごいことなのかどうでもいいことなのか、心地よいことなのか不快なことなのか、今後の上田さんの態度(っていうのは新作での「態度」ね)によって自分のスタンスを見極めてゆきたい感じかな。それくらいナイーブなところをあっさりやられて、「えええ…?」と不思議な気持ちにはなった。狐につままれたような。
役者は皆さん相変わらず、皆さん非常に魅力的。好みとしては、女優陣がちょっと弱く感じられる作品だったのが惜しかったかな。山脇さんがあばずれにはどーしても見えなくて、一緒に観てた恋人(ヨーロッパ企画初見)も、「あの人の喋り方は役の人のっぽくなかった」と言っていた。松田さんの、「皆がギターを弾いて聞かせたくなっちゃう綺麗な女の子」っていう位置づけそのものは面白かったけど、でもやっぱりちょっと佇まい的には無理がね。喋ってる言葉との乖離というか。記号として受け取ればいいのかもしれないけど、女子の佇まいは現代劇のリアリティの根本を支える大事な要素ですんでね、そのへん、今までは割りとうまく逃げてる作品が多かった気がしたけど、今作は違和感を感じました。
一方、男性の俳優さんたちは相変わらずイキイキししてて、女優さんとの対比でなんか「ずりい…!」って思った点でもあったんだけど、圧巻だったのはもうダントツに永野さん。あのちょこまかした動きと台詞回しが彼の大きな魅力だと思うのだけど、そのうちの片方(動き)を完全に封じるという大胆な演出に、1.8割増しくらいで台詞回しが冴まくっていてすごかった。またねえ、あの役、言ってることがばかみたいで最高なんだよねえ。口で切り抜けようとするあまり、ついつい余計な一言を言っちゃう物語の転がし役。「ヘイ、ミスキャンパス!」とか「よーし、こっからはチーム戦だー」とか、ひたすら笑いを牽引する感じの台詞がいいグルーブですぱんすぱん繰り出されてたまらなかったなあ。冒頭で土下座が入ったときもおかしくてたまらなかったんだけど、もう、ドラム缶に詰まった永野さんが出てきただけで出オチなみに笑った。上田さんはちょっと面白い、ある種逆説的な方法で永野さんのよさを客にぶちまけたように思う。ここまでの「よさ」を普通に見せるだけじゃなくて、次のステップ、というような印象で、それをばっちり乗りこなした永野さんがすごく逞しくて、すごく面白かった。
あと、本多さんが、ずるいけどよかったなあ。あの役はいい役なようで、下手だったり合わなかったりする役者さんが演じるとどーにもならない難しい役のような気がする。アテ書きだろうよ、言うことは簡単だけど、ああいう役をアテ書きされる役者さんて稀少なんじゃないか。あの役が、仲間内でいじめられキャラな訳じゃない、っていうバランスが、ヨーロッパ企画らしくてすごく好きだなあと思う。上にも書いたけど、ラストは本当にちょこっと泣いてしまいましたよ。ベタっちゃベタだけど、変に胸んとこ入ってしまったのだ。それからやっぱり、酒井くんはいい、ものすごく。好きだなあわたしは。彼は「いやいやいや、だからー」って、両手で目の前で弾んでる鞠を押さえ込むみたいな身振りでツッコミ入れて交通整理する人、っていうのが比較的負わされやすい役割だったと思うけど、今回は「聞き分けないのはお前だ!」という空気に晒される、異物色の強い役だった気がする。その彼が、細身のスーツで現れたときの、なんつうっか、こう…当たってる光がサラサラしてるような感じ? それが実によく、キャーッとなりました。珍しく乙女目線で。
中川さんは「ドラマ(映画だっけ?)じゃないんだよ」って拳銃突きつけるところが出色。石田さん諏訪さんはちょっと埋没しちゃったかもしらん。でもまあ、やっぱり今回は本当に、ぶっちぎりで永野さんが面白かったと思う。んとに、いい役者さんだよ。あと、エイリアンのくだらなさ、修学旅行生のほうが出てきたときのパニック度合いは凄まじくて、あれは何とも言えないものがあった。味わい深いというか、力が抜けるというか。
…っていうか、なんかな、いちいちこう、好き嫌いが分かれそうな雰囲気の感じられる作品で、その在りようがちょっと面白かったっていうのはあるなあ。あまり最近細かく情報を追っていないのだけど(イラっとなるから)、糸井さんからすげえ大きなスタンド花(カラーとか使ってる、色味のない=むしろ高い花)が届いていたり、客席に業界臭むんむんのオッサンがいて野太い声でガハガハ笑っていたり、ヨーロッパ企画の公演の客席を見渡したときに感じる印象は1年とか2年とかで割と大きく様変わりした感じがあって、その点と、作品の在りようとのバランスにおいて、これから面白い見ものになるような気がちょっとした。
わたしはもう分かりやすく、「作家」「演出家」を観るために劇場に足を運ぶ人間なので、この先の上田さんがどう出てくるのかが楽しみだ。勿論、作家に対する興味だけで「んー?」という作品を何本も観られはしないのですが。今回は微妙な線かな、好きなところと「んー?」ってところが混ざりすぎていて困る感じだった。面白いところはホント面白かったし、客席の空気が笑いでうねりだす瞬間を見た、と思ったし、すごく楽しんだんだけど、次を観ないと何ともいえない、みたいな要素もそれなりに多くて。でも、ヨーロッパ企画については、傾向とか作家性とかよりもアイデアそのものが作品を支配する割合が結構高いってのもあるよなあ…うーん、まとめらんないですね、感想を。ひどいなあ。
いずれにせよ、コストパフォーマンスとしてはすごく満足度の高い作品を提供してくれる人たちとして、今後も何を観せてもらえるのか、楽しみにしてる気持ちは変わらないな。役者さんたちが、「素っぽすぎて『素人芝居』と言われてしまいやすいくらいの自然な口調を徹底して演じている」という点はそのままに、芝居の質は強くなってるように見えたのも興味深かった。ヨーロッパ企画独特の芝居のトーン、というのが固まりつつあるように感じたので、そのトーンがどれだけ研ぎ澄まされてゆくかも見ものかなあと思いました。変態してゆくいきものを観察するかのような気持ちで、彼らの次の作品を普通に楽しみにしたいと思う次第。