くるりワンマンライブツアー2009〜とろみを感じる生き方〜/中野サンプラザ(2009.11.10)

くるりのワンマン初めて観たのがサンプラザだったなあ、と現地に着いてから気付きました。ちょうど5年前の年末、SINGER SONGER のお披露目んときだった。だからってこともないけど、なんかすごい複雑な気持ちになるライブでした。
何が複雑かっつったら、観てて「これはくるりのライブなのか?」と首を捻る気持ちになってしまったということで。サポートの世武裕子さんのピアノが立ちすぎてて、くるりを観たっていう印象が薄かった…んだけど、世武さんのピアノのお陰で、鳴ってる音はものすごく芳醇で、奥行きががーんと深まっていた曲も多くあり。いい音がばーんて鳴ってるのに、なんか気持ちに引っ掛かりが残って楽しめない、というアンビバレンツに悩まされた感じ。
単純に、音のことだけでいえば、ものすごく成熟したアンサンブルを楽しめる仕上がりになっていたと思う。いわゆるロックバンドのライブって感じより、室内楽みたいなぎゅっとした密度の、老練とか言っちゃいたくなるくらいにタイトな演奏だった。それは確か。でも観ててしっくりこなかったのは多分、岸田が「降りてる」感じがしたからだと思う。くるり観て演奏中の岸田のことが全然記憶に残ってないなんて初めてで、それはバンドとしてのバランスがいいあまり、岸田が埋没したってだけかもしれないけど、でも、岸田が突出してないくるりってくるりなの? って点でなんだかよくわかんなくなって、うーーーぬーーーてなってしまった感じだった。曲の中で、一番印象薄いのが岸田の歌…みたいな状況が受け入れがたかったというか。うううーん。
まあ、世武さんのピアノを前に出している風に聴こえてしまって、そのピアノが、サポートのピアノじゃなかったっていうのが大きいだと思う。堀江とかと違って、世武さんは自分の持っている色を出すためのピアノを弾くミュージシャンで、そういう弾き方しか多分知らない人なんだろうから、彼女が悪いってことでは全然なくて、でも、結果的には彼女が持ってる色が強すぎて「くるり」の色を侵食してた感じがあった。それはそれで、音としてはすごくいい結果を出していた部分もいっぱいあって、既存の曲が新しい領域にまで拡張されてたとポジティブに受け取ることもできるんだと思う、「虹」や「三日月」や、その他何曲も、音源よりもうんと膨らんで届いていた曲も多くあったので。だけど、その拡張された新しい領域における岸田の役割が薄すぎたことで、「くるり」の新しい音、っていう風にはあんまり聴こえてこなかったということ。それが、わたしには寂しく感じられたっつーことな気がします。
まーでも、世武さんがくるりの正式なメンバーになることはないんだろうから(まあ分かりませんけどね、メガネが次に何をするかなんてのはいつも!)(あったらむしろ笑うってことだけははっきりしてるけど!)、世武さんとやったこの時期を踏まえて、次にどういう風に「くるり」でやってゆくのかが興味あるところだなーと思いました。というか、今回のツアーじたい、会場がホールなら世武さんが入って4人編成で、ライブハウスなら世武さんなしの3ピースで、と編成分けてるって話ですよね、ライブハウスではどんな演奏してるんだろーか。中野ではあれだけ世武さんのピアノに乗っかって、何なら両手離してる感じだった岸田が、地方のライブハウスの、世武さんがいないステージで何をしているのかがすごく気になったなあ。ライブハウスバージョンも観たかった…セットリスト見てるとライブハウスバージョンのほうが断然好み(ブルースとかやったところもあったらしいじゃん!)(中野でもやってよばか!)ってのもあって、多少悶々と。まあ、しょうがないんですが。
1曲目が「ジュビリー」で、曲中、岸田が殆どギター弾いてなくて、それが、ええ? っていうのの始まりで。歌メロが展開する中間部に入る前、ブレイクでギターのカッティングだけ入るところがあって、そこがいつもいつも、どんな編成でこの曲やるの聴いても一番のクライマックスになっているんだけど、それが今回、ピアノに全部任せるアレンジになってて、なんかそこでもう、えええー? ってなった。いやな音だった訳じゃないのになんでかね…ホント自分でもよく分からないけど、納得がゆかない気持ちに。「虹」のブレイクにも同じことが言えるんですが。
ちょっと話が逸れますが、わたしが今のくるりに思い入れているのは、2007年のくるりがすごかったからなんだと思う。年頭に、くるりは2人になっちゃって、それでも2人で、何ヶ月も欧州をさまよって「ワルツを踊れ」を作り上げて、その延長上で年末にパシフィコ横浜のオケ入りコンサートを成功させた、あの一年のメガネとロン毛がホントにすごいと思ったから、それからなんか目が離せなくなった感じがあって。アルバムだってコンサートだって、2人以外にもたくさんの人が関わってたのは勿論なんだけど、それでも、2人はちゃんと大勢を率いて、他の人たちとは違う、自分たちのやりたいことをやっている「2人」という風に見えていたから、たくさんの人がいても2人でがんばってやってんだなあ、すごいなあ、って思わされた。
それがなんか、今回の中野では世武さんに引っ張られてるおじいちゃんみたいに見えちゃったんだよね…岸田が。それが多分、すごくつまんなく感じられて、わたしが気持ちを動かされた「ワルツ」期の象徴っぽい「ジュビリー」でまで、肝になるとこを全部世武さんにあげてる岸田に、なんなんだろうなあ? と戸惑ったということだと思う。そういう時期、ってことなんだとは思うんだけど、しっくりこないのは事実だから、なんかねえ。
他にも、「京都の大学生」は元々ハンドマイク用に作られた曲(って訳じゃないかもしれないけど、エディーがいた初出のときもギター置いて歌ってた)だからともかく、「三日月」の途中でギターを置いたの観てかなりびっくりしたりとか。まあ、ホント、メガネの考えていることなんて分からないんですが、このままおじいちゃんでいることを望む人かなあと、なんかちょっと信じられない気持ちがある。そうしたくてそうしているなら別にいいと思うけど、結果そうなっちゃってる、みたいなことだったら、なんだかなあ、って気もしないでもなく。少なくとも、わたしはメガネの本気はあんまり観えなくて寂しく感じたし、出音のバランスをどれだけ整えてあったって、激情や情熱を込めた演奏を、おととしの横浜ではしてたと思ったし。けど、今回はそういうの全部世武さんに任せてるように見えて、少々納得しずらい気分になりました。自分でちゃんと、ヒリヒリしたとこを背負って立つ岸田が、この先、またどっかで観られたらいいんだけどなあ、とね、そういう気持ちです。
でも一方で、世武さんが入ったことで(だと思う)、佐藤くんのベースがひどく歌っていてすごかったので、それはそれでやっぱり見応えはあった岸田以外は。という感じもあり。「ベベブ」とかね、もーー昇天ものだったよねえ(ぽわわん)。何かの曲、「青い空」かな?で、塗装のがりがりに剥げたジャズベを弾いているところを久々に観て、おおって思ったし、「青い空」のピック弾きもなんか久々な感じで新鮮でした。「ばらの花」の高っいほうのフレット押さえて8分で弾くところがいつもすごく好きなんですが、サンプラザはホールの構造的に演奏している手元とかまできっちり、どの席からもよく見える感じがあって堪能しまくった。なんか全体的に、佐藤くんとボボのリズム隊がえらいことになっていて、ベースラインの隙間がドラムのタイトな刻みと噛み合ってうねりを呼んで、非常にグルーヴィで格好良かったです。「ブレーメン」だってベースしか聴いてなかったもんなあ、コーラスみたいにベースラインが歌うこと歌うこと。それも副旋律かってゆーくらいにメロディアスで、この曲何度も聴いてるのに、歌よりベースラインに意識が向いたのなんて初めてでびっくりした、自分に。
あと、佐藤くんっていえばもう、コーラスがすごくてニヤニヤしまくった。音源で女声で入ってるコーラスは世武さんが全部やってたけど、彼女はよく鳴る声の音域が低めなんでしょうね、「Superstar」の♪フ、フ、フ♪つう合いの手みたいなコーラスとか、明らかに佐藤くんのほうが高い声出してて失笑したなあ。わたしが行ったのは中野の2日目で、初日は「東京」もやったらしく、そしたらまあ、普通に♪パーパーパーパパッパー♪も聴けたんでしょうが、2日目はやってなかったので、佐藤くんのコーラスだけがばーんと前に出る曲は特になかった気がするんだけど、やたら佐藤くんのコーラスをがんがんに聴いてきた印象が強く残った。
世武さんと、時にはボボも歌っていて、四声のハモりがある曲とか聴くと「NIKKI」期を思い出す感じもあったんですが、どっちかっていうと掛け合いの妙が目立つ曲が印象深くて。「シャツを洗えば」とか「つらいことばかり」とかで、世武さんとボボが1フレーズずつ掛け合って歌っているのとか楽しかったです、結構ボボがいい声でびっくりしたりして。でも、例えば「ばら」とか「かごの中のジョニー」とかで、世武さんがユニゾンでコーラスしてるところに、途中で佐藤くんのコーラスが被ってきたときの音のばーんと厚くなる感じとかはすごく気持ちよくって、なんかわたしは佐藤くんのコーラスが入ってる曲がすきすぎるっつうか…なんでしょうね、佐藤びいきがすぎるのか。岸田の歌の印象が全然残ってないのに、佐藤くんのコーラスはすごくよく覚えてるので、自分のことをキモく思います。ええ。
世武さんは、そんな訳でコーラスとしての役目よりも、声の面では「京都の大学生」がよかった。この曲、土岐ちゃんがサポートしてた去年の音博んときも、2コーラス目の2フレーズくらい(♪うちの彼氏は北区の〜♪んとこ)を土岐ちゃんに歌わしてたんですけど、今回もここんとこを世武さんが歌ってて、でも声域の問題か、世武さん歌うところで転調して音下げて歌ってた。それが、ぐっと雰囲気が転がる感じがあって、劇的で大げさでかなりイケてました。その後に続く世武さんの歌もクールでよかった、彼女はホントに低い声がいいんだなあってのは「鶏びゅ〜と」聴いても思ってたんだけど、低めの歌声で、一瞬でぐっと持ってゆく感じ、若々しくないエロさがあって大変よかったです。あーいうの似合うわあ、あの人。
あと、世武さんはキーボードとピアノを両方、L字型にセッティングしてたんですが、1曲の途中でピアノ<->キーボードを切り替えたり、時には両手で同時に弾いたり(小室哲哉みたく)(って書くと年齢を物語るよね!)してて、でも基本的にピアノは客席に背中を向ける形でセッティングしてあった。普通しなくない、客に背中向けるのとか? って思ったんだけど、結果的に、ピアノ横向けにセッティングしたときみたいにグランドピアノの長さ分、ヴォーカルの立ち位置から離れるのを避けたらああなったのかなーという気がしました。ピアノに限らず、4人がぎゅって真ん中に小さくまとまったセッティングだったので。とにかく、客にがっつり背中を向けて、1曲目の「ジュビリー」の最後のカオティックなパートでピアノ弾きまくる世武裕子はなかなかに衝撃的で、「さよならリグレット」から「三日月」に入るときの単音だけをたっぷり鳴らすつなぎも素晴らしく、かなりぐっと来ました。彼女はなんか、無音の時間を楽しめる人なんだな、とね。それはクラシック出身の人だからってことだけではない、と思うんだけど、彼女の作る無音はとてもストイックで美しく、気持ちをがしがし揺さぶられまくったことです。やっぱり面白いわあ世武さん、たまらんなあ。
選曲は、「NIKKI」〜ベスト期の曲を重点的に掘り起こしている印象があった。中野では「Superstar」「Birthday」をやって、他のホールなら「ナイトライダー」、ライブハウスでは「人間通」「Ring!Ring!Ring!」とかやってたらしいし。夏のツアーでは「図鑑」を掘り起こしていたので、いろんなことが一巡して、過去のモードを再度洗いなおしているのかなーとか、そういう穿ったことをちょっと考えたりしました…って書いてて思い出したけど、「ばらの花」が鍵盤のおかげで音源のアレンジに近く感じる仕上がりで、岸田が使ってた楽器がテレキャスじゃなかったのにおっ、て思ったら、昔いつも達身さんが弾いてた間奏んところの逆回転風のソロを、黒いストラト(確か)でさらっと岸田が弾いてたんですよね。なんか、ちょっと新しい感じが。何が新しいのかよくわかんないし、達身さん抜けてから「ばら」やるときはいつもああいう風にソロコピってたかもしれないけど(全然覚えてませんの)、なんか中野では音色から何からひどくうまく似せてることに意識が向いて、それを気負いなく、自然な感じにやってるように聴こえて、達身さんがいた頃をひどく遠くに感じたりした。前のことを完全に消化したのかな、というような印象っていうんですかね、なんかあんまりよくわかんないですけど。
岸田の印象が強かった点っていうことでいうと、これはもう、「京都の大学生」が恥ずかしかったという点に尽きる。一度引っ込んでえんじ色の別珍のジャケットを羽織って現れ、ハンドマイクでねちっこく歌っててムード歌謡か!っていうね…ばかなのかな…。世武さんに振ったフレーズんときはグランドピアノにしなだれかかって、噛み付くような勢いでコーラス重ねようとして、でも何となく失敗してフェイドアウトしてたりして、あほっぽくてかわいらしかったことです。そもそも、今の岸田の髪型はなんかぱっちり短くて子供みたいだなと思う。白シャツとチノパン姿とかだと、子供のよそいきみたいでちょっと笑ってしまったもん。演奏面では…うん、ホントに印象が薄くて、「虹」のギターソロがものすごくよかった、ってことくらいしか覚えてない…でも、ある意味、バンドのバランスがよかったってことなんだろうから、いいことなのかもしれないんだけど。ヴォーカルは、高音がちょっとまた掠れてたけど、ツアー中だし、そんくらいがしょうがないのかな、って程度。あんまり鬼気迫るような感じはなかった気がします。そんな感じ。
あとはー、えーと…なんだろうな、ピアノ入りの「虹」が音博以上にすごくよかった、とか、「青い空」らへんはピアノの音色が潰れちゃって勿体なかった、とか、「ベベブ」(かな?)で岸田がマイクスタンドに挿してたタンバリン取ってワンフレーズ叩いて、終わったところで床に放りだしてて笑った、とか、「つらいことばかり」の音階楽器が抜けるところで佐藤くんが卵型のマラカス振ったあとはちゃんと置いてて笑った、勿論すぐに楽器弾かなきゃいけない部分だったかの違いもあったけど、とか。本編終わって4人真ん中に集まる際、岸田が世武さんの肩を抱き寄せ、ハケるときも背中に手えまわしながら歩いていて、ハケきったあと客席がザワッ…ってなってたのは笑ったなあ、ああ、あんな感じでもまだ岸田にうっとりする女子がたくさんいるんだな、と思って。明らかに「うらやましい」とか「ずるい」とかって種類の溜息の束が排出されてました。わたしの背後で「繁、すぐ触るから…」と溜息交じりに言ってた女子の声が聞こえてかわいかったです。ふふふ。
あ、あとそれから、ホールでのくるりのライブってことで言うと、2007年の「ふれあいコンサート」のとき、岸田が着席を推奨したことがあったんですよね。その影響なのか、今回の中野でも座って観てるお客さんも結構いて、MC で岸田も「座りたかったら座って観たらいい」「前の人が立ってて座ったら観えない、とかだったら、前の人にちょっと座って、とか言えばいい」みたいなことを言っていた。一方で、くるりのライブってそういうんじゃないでしょ! 踊るっしょ! という気合をメラメラさせているお客さんもそれなりにいて、客席の雰囲気がちょうカオスだったのが印象的でした。武道館のとき、座ってる人ってつまんながってるのかと思ってしまったんだけど、なんかそういうんでもないのかな、そういう楽しみ方もあるでしょ、って思って座ってるのかもな…と中野で思った感じです。
それがアリかナシかはわたしには分かんないんだけど、座って観たいと思う人を受け入れるバンドってのは珍しくもあるし、そういう余地があるというのは、ある意味豊かなことかもしれない。ふれあいコンサートのときは、立って踊るだけが音楽の楽しみ方ではない、みたいな啓蒙的なニュアンスがあったと思うんだけど、その成果として捉えることもできるのかなと思う。でも、個人的にはカオスすぎて違和感を覚えたかな…まあ、わたしの感覚では、あのベース聴いて座ってられるのってすごいな、というだけのことなんですけど。「ワルツ」前後くらいからを評価する、比較的間口の広い感じのファンと、それ以前の初期のくるりの片鱗でも観たい、って期待してライブに来ている古参ファンが、ほぼ同割合ぐらいで混ざってて、雰囲気的に拮抗してる、って状況なのかな、という風に感じました。彼ら自身はどっちかにだけ偏るつもりはなさそうに見えるけど、客席のムードには宙ぶらりん。なんかね、落ち着かなかったって話。
それから、アンコール2曲目で「ワンダーフォーゲル」やったとき、何の曲になるかを相談するから歓談してて、と岸田が言って、曲が決まってチューニングを変えるから引き続き歓談を、って言った岸田に、お客の女の子(最前列の子?)が何か話しかけてたんだけど、「ありがとう、っていうか、チューニングしないといけないんでね、話しかけないでもらえると。ごめんな」みたいな感じで、すごい、まともに相手して丁寧に返してたのにかなり驚かされた。ライブ中に声かけてくる女子の声とか、残酷に黙殺するタイプだと認識してたので。なんかねえ、大人になったなのかなあ、肩の力抜けたのかなあ、っていうのをしみじみ思いました。これも、いいのか悪いのかわたしには分からなかったけど、とにかく岸田はライブ中ずーーーーっと、ひどくリラックスして、幸せそうに見えた、ってのだけは確かだったな。
中野の一日目に行ったらしいアノニマスの権藤さんがTwitterでつぶやいてた感想観ても、山崎洋一郎さんのブログ観ても、業界の人たちに世武さんの存在感を知らしめる効果があったことをすごく感じたんだけど、これが裏目的だったのかなあとも思わないでもない、それくらい、世武さんはサポートタイプじゃないピアニストだったなあと思う。そんな人を連れてきたのって何を狙っていたのかなあと。世武さん自身は魅力を爆発させてて本当に格好良かったと思うので、連れて来ておいて食われたようにも見えた岸田がちょっと不甲斐なかったかな。と、ヒトコトで言うとそういう感じのライブでした。まあ、こんなに書いておいてヒトコトとか言うなばか!って話ですよね、えへへ、すみません。うやむやにして、これにてドロンです。以上。